エドワード・バッチ博士の生涯
バッチフラワーレメディを生み出したエドワード・バッチ(Edward Bach、1886–1936)は、イギリスの医師であり、細菌学者、病理学者でもありました。初めから植物だけを研究していたわけではありません。医学の現場で病気に向き合い、細菌に関する研究を行うなかで、次第に患者一人ひとりの感情や性格に関心を深めていきました。
医学と細菌学の研究
バッチはバーミンガム、そしてロンドンのユニバーシティ・カレッジ病院で医学を学び、1912年に医師資格を取得しました。その後、臨床医として働きながら細菌学や病理学の研究に取り組みました。腸内細菌に関する研究は、後に「バッチ・ノソード」と呼ばれるホメオパシーの製剤にもつながります。
1917年、バッチは重い病気を経験します。バッチセンターの伝記によれば、手術後に余命が短いと告げられましたが、研究への情熱を失わず、その後も活動を続けました。この出来事は彼の人生を理解するうえでしばしば紹介されます。
植物を用いた新しい体系へ
バッチは、患者の病名だけでなく、その人が物事をどう受け止め、何を感じているかを重要視するようになります。1930年にはロンドンでの診療と研究生活を離れ、植物の探索に専念しました。助手のノラ・ウィークスとともに各地を訪れ、花や樹木、湧水を使ったレメディの体系を発展させていきました。
1934年にはオックスフォードシャーのマウント・バーノンへ移り、周辺でさらに植物を探索しました。最終的に38種類が完成し、1936年11月27日に亡くなりました。マウント・バーノンは現在もバッチセンターとして知られています。
最後に残したもの
バッチの仕事を特徴づけるのは、理論を増やし続けるより、誰にでも使いやすい簡潔な体系へ整理したことです。初期には人格のタイプやさまざまな対応関係を考えましたが、晩年には最終的な38種類と7つの感情グループを中心に据えました。
バッチフラワーを学ぶときは、博士がどの段階で何を考えていたのかを区別すると、初期の著作と晩年の体系の違いを理解しやすくなります。
さらに読む
- 『Heal Thyself』:魂とパーソナリティ、健康についての思想
- 『The Twelve Healers and Other Remedies』:38種類のレメディの体系
- バッチセンターの歴史資料:https://bachcentre.com/en/about-us/history/dr-bach/